今年の映画祭は、少し遅れた紅葉の真っ只中の季節に行われた。秋晴れの中、室内で映画を見るのはもったいないような日が続いた。山荘から毎日、茅野駅までの市民館と新星劇場へ通った。2日目の昼からは妻も合流し、映画三昧の三日間だった。見た映画で共通していたことがあった。日本の戦後の復興期、東京オリンピックの前、昭和30年代の東京を舞台にしたものが三本、初日の「メトロに乗って」は今年公開された作品、堤真一扮するサラリーマンが、小さい頃育った地下鉄丸の内線の新中野駅前に、時々タイムスリップして、現代のビジネススーツのままで戻るという話。"Back
to the
future"の日本版みたいだ。戻った最初の日は、新中野まで地下鉄が延びて、駅前がチンドン屋でにぎわい、電器屋の前は力道山のプロレスに黒山の人だかり、使おうとした福澤諭吉の1万円札は偽札とまちがわれる始末。新中野は時々通るところなので、今との格差が大きく、興味深かった。小津安二郎の「秋日和」は、同時代のエリートサラリーマンと思われる家庭や勤務先での仕事ぶりなどが描かれる。格差を感じたのは、オフィスにはパソコンも計算機もなく、みんなが紙と鉛筆で仕事をやっていることと家庭の台所がとても旧式で、ガス湯沸かし器もないことだ。原節子は家にいるときも、外出するときもいつも着物姿なのも、違和感を感じた。
四日目の朝は、朝日が輝き、美しい夏の青空になった。アルプス縦走らしい天気だ。歩き出しも気分よい。朝日を浴び、自分のシルエットを右上に追う形で、赤石岳への長い登りを一歩一歩、夏の山道を踏みしめていく。後ろを振り返ると、塩見が見え、その向こうに連なるのは北アルプスか。
中央アルプスはすぐ横にある。こんなに近いのか?赤石の頂上へは3時間で着いた。北岳から塩見を越えて歩いてきたというケンタッキー生まれの青年と話す。北アルプスを背景に写真を撮ってあげた。友達に見せて、来年は一緒に行こうと誘うという。「Have
a nice day !」と別れたあと、私が北アルプスと説明した山並みは中央アルプスだということがわかった。
そういえば、乗鞍の位置がはっきりせず、変だな?とは思っていた。ケンタッキー青年に、まちがったことを教えてしまった。反省。中央アルプスと思っていた峰は、南アルプスから派生した名もない山並みだった。
今日は百間洞小屋まで行こう。そして、明日は南アルプス最深部の最高峰、聖岳を越えよう。赤石からは、またどんどん下る。明日は下った分以上に登りが待っている。歩く人は格段に少なくなった。百間平までは、アルプスの雰囲気だが、そこから下は森の中。沢水が豊富に流れる所に、百間洞小屋があった。時間はまだ11時、この日第一号の到着だった。ふんだんな水を使って、体を拭く。ちょっとした行水だ。この小屋の売りは夕飯に出てくる揚げたてトンカツ、こんな山の中で本格的なトンカツを食えるという。指定された時間の5分前には、待機されたしという指示があった。指示された時間に食堂に行くと、8名の席。まず8枚を揚げて出してくれる。次の8人は15分後、隣のテーブルへ。8人前ずつ、揚げる。キャベツも山盛りで、街のとんかつ屋より、おいしいくらいだ。南アルプスの小屋の食事は粗末というのが、学生時代の印象だったが、そんなことはない。千枚も荒川も、そして百間洞のいずれの小屋もメニューもよく、おいしい。この夜は、71歳の元気なおじいさんの隣に寝たが、夜中に足を二三回、蹴っぽられた。私のいびきに閉口したようだ。翌朝、私も何も言わず、おじいさんも何も言わず、何事もなかったかの如く、小屋を後にした。いびきではみんなに迷惑かけているなあ。